EDO弦月人 第7回 加藤英夫さん(33 回生)

東京2020オリンピックを終えて

新型コロナ渦により1年延期となった東京2020オリンピックが終了しました。空手競技は、難民選手団を含む36ヶ国、81名(入国後新型コロナ発症により1名不参加)の選手が参加し、男女形・組手3階級の合計8種目を競いました。日本チームのメダル数は金が1つ、銀が1つ、銅が1つの合計3個と、メダルスタンディングは、金1つ、銀1つを獲得したスペイン、金1つ、銅1つのエジプトとイタリアを抑えトップで、何とか空手発祥の国としての面目を保ちました。

さて、私と空手の出会いは、入学当時はまだ同好会の大宮高校空手部でした。その時の同級生部員は河野和久君、小林謙一君、西尾英之君、鶴田順一君で、書道科教諭の平田哲先生に基本から習いました。この時に習い始めた空手を「まさか還暦まで続けるとは…。」と、同じく現在も空手を続け、宮﨑県空手道連盟の理事長を務めている河野君も多分、同じ気持ちだと思います。その後は、東京農業大学の空手部に入部し、部のコーチであり農大空手部OBで当時の全日本チームの監督であった柳田俊介師範に、社会人となった現在も薫陶を受けています。また、私の主な活動は仕事の傍ら柳田師範が主宰する道場で師範代として、週2回の子供たちの指導と週1度の自分の稽古を30年以上続けています。選手を引退してからは国内の審判員のライセンスを取得し大学、東京都の他、国体や全日本大会の審判をやっています。今回も、審判員として東京2020の出場を目指し、国際審判員(アジア審判員)のライセンスを取得ましたが、選考対象の世界審判員ライセンス取得までには間に合いませんでした。しかし、国際審判員の資格を取得していたおかげで、競技役員(審判補助)として東京2020に参加することができました。

空手競技はオリンピックに於いて東京2020が初の正式参加で、ここに至るまでには時間と労力が掛かっています。1970年に日本武道館で世界大会を開催して半世紀を経て、3度の落選を経験し、ついに2016年8月4日、2020年東京にて正式採用決定の報を得ました。それからは、観客に判り易くルールの変更が行われ、選手や審判員の選考が始まりました。特に選手は月1ペースの国際大会を戦いオリンピックスタンディング(各階級のランキング)を今年1月まで競いました。審判員は昨年1度決まっていたメンバーを延期が決まった時点でキャンセルし、再度選考されました。さらに開催国の我々も2年連続のプレミアリーグ東京とテストイベントを行い万全の態勢で昨年に臨みましたが、延期となり今年の新型コロナ感染者増大により中止もあり得る状況で、8月初め競技が開始される4日前には、宿泊する都内ホテルに集合し、PCR検査を毎日受け、日本武道館とのバス往復以外の外出を禁じられ、食事もホテル内の自部屋で摂る(ウーバーイーツはOK)、いわゆるバブル方式を経験しました。

冒頭の結果通り、今回のオリンピックで複数の金メダルを獲得した国は無く、8ヶ国が各種目の金メダルを分け合いました。金以外のメダルも複数の各メダルを獲得した国は僅かで、20ヶ国が分け合いました。この結果は、空手競技の技術が世界に広く普及していることを示しており素晴らしいことと言えます。しかし、残念ながら空手競技は、次のパリオリンピックで正式種目から外れることが決定しています。我々は、再び空手競技が正式採用されるように、「空手道が生涯武道スポーツとして、人と人との結びつきを強め、また人々の健康増進と維持に寄与することにより、日本社会の活性化に貢献する。」を信条に掲げ、活動を続けていく所存です。皆様もどうぞ応援のほどよろしくお願いいたします。


加藤英夫さん(33 回生)の略歴

・東京都世田谷区在住
・大宮高校第33回生
・昭和60年3月東京農業大学農学部醸造学科卒業
・同学科醸造公害研究室副手を経て水道機工(株)
・アジア空手道連盟審判員
・公益財団法人 全日本空手道連盟公認全国審判員
・一般社団法人 全日本学生空手道連盟公認審判員
・公益財団法人 スポーツ協会公認スポーツ指導者(空手競技コーチ4)
・和道会東京地区本部常任理事
・一般社団法人 東京都空手道連盟資格審査委員
・世田谷区空手道連盟副会長
・空手道俊和義塾師範代
・公益財団法人 全日本空手道連盟公認教士六段

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